2014-02-14
なんだろう
中島みゆきのローリングは、僕を高田馬場へつれていく。いつでも皆がいて騒いでいた。くだらないことで笑ってけんかして酒飲んでふざけていた。けれど。気がつくとあの街に残っていたのは僕ひとりだった。あまりに長く学生を続けていたために。あまりに長く大学に居続けたために。仲間はみな卒業していってしまった。立ち止まっていた時間があまりに長かった。動き出したのは、故郷に戻ってきてからだ。
2014-02-06
纏わり付いてきて離れようとしない空気がある
不安というのでもなく、恐怖というのでもない。キルケゴールは結局正しくない。
声の大きなヘーゲルの方が好きだ。彼はどこかまちがっているけれども、でも好ましい人物ではある。
声の大きなヘーゲルの方が好きだ。彼はどこかまちがっているけれども、でも好ましい人物ではある。
考え込んでしまう
自分自身について、己の人間の小ささについてだ。度量があまりにも小さい。他人や社会に対しての批判精神はかなりのもので、むしろ否定的である、全否定的である。自分自身のことは完全に棚上げで、である。つまり小さい。
彼女が亡くなってから20年になろうとしている
はやいものだ。彼女の子どもももう成人している。それどころかもう30になるだろうか。彼女の子どもが僕の子どもであるはずはないけれど。はずはないけれど。くり返して書けば。曖昧はかえって確定表現に変わる。怪しげな意味をもってくる。寒さの嫌いな女性だった。
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