こんな暑い日。
こんなに揺れたことがあったような気がします。
忘れてしまっていますけれど。
大きな被害がありませんように。
とりわけココに羅列されるものたちは,虚偽・妄想・ことばあそびに過ぎない。しかし、だからこそ私にとっては貴重な陣地・道具なのだ。
5月の末の定期精密検査の結果。また、新しい薬が処方されました。ただ、先生方の「熱が出るよ。」の予言付きでした。2か月間、熱が続きました。
6月に入って、あせもがかゆくなりました。熱が下がらなくなりました。食事を面倒くさいと感じます。皮膚が腫れて熱を持つ場所があちらこちら。おふろあがりに軟膏をぬってべたべたです。毎週、先生方は身体の様子を診てくれました。一番いやになったのは、小さい字が見にくくなったことです。夕方以降、校正の原稿が見にくいので困るのです。6月末の歯科と眼科の先生は少し機嫌悪でした。熱がさがることはありませんでしたが、呼吸器内科と呼吸器外科の先生は、満足顔で「もうちょっと我慢だよ」と。循環器の先生はいつも通り診断を淡々と話してくださる凜々しい顔です。
今日17日。また、いっぱいの薬をもらって帰ってきました。皮膚の軟膏も・・。夕方。原稿の字が鮮明に見えました。ひとつきぶりです。熱はどこかにいきました。かゆみも忘れてしまいました。
不愉快な病気自慢をごめんなさい。元気ですの報告をしたかったのです。現実のわたしのことを知ってくださっているみなさんにマメに現状を伝えているわけではないからです。
いまだにネットの使い方はわかりません。なまけものです。また、かきます。
いつからか。お茶代わりにコーヒーを飲んでいます。水よりもコーヒーを飲んでいます。
缶コーヒーを買ったのも久々です。うまい・・って思いました。
少し寒い春です。わたしの4月はもう少し暖かだったように思います。GWは暑いという思い込みがあったように記憶しています。その記憶も最近かなりいい加減です。
古い友人の夢をみました。数日前です。ここちよい夢でした。
彼女は世界で一番美しいひとです。かわいいひとです。ここちよいひとです。
新聞に登場する政治家は立派なひとたちだった。そう思っていた。テレビでしゃべるすがたを見られるようになったころ、話し声をきくようになったころから、生意気なガキの私は「うさんくさいヤツラ」だと思うようになった。あこがれではなくなった。
若い人たちは、若い友人たちは見ています。かれらは大人たちが考えるよりもずっと見ています。観察しています。顔に張り付いた欺瞞をみのがしてはいません。知らぬふりをしていますが。・・・見ています。みてないふりもします。興味がないのです。ばかにしているのですよ。
youtubeで知識人ぶってしゃべるひとたちを見切っていますよ。彼/彼女は周囲に自分の頭の悪いことを知られないようにしているけれども、彼/彼女が頭が悪いことはバレているのですよ。かれらは「頭の悪い君たちにはわからないけれど・・」というけれど。そこを見ているのですよ。
天気予報をはずす気象予報士は許すけれど。政局の予想をことごとくはずしている政治評論家のことは馬鹿にしていますよ。ノストラダムスの大予言がはずれたようにです。
がんばっているお笑い芸人たちは小気味いいです。必死で汗を流しているアイドルたちが好きです。コロナの頃からの若いひとたちに頭がさがります。
政治家のことは軽んじています。私が・・です。彼らはみぐるしいです。私が感じているのです。
なんてね。
それは一昨日の夜に始まった。文庫本が一冊みつからない。中巻、下巻はちゃんとあるのにだ。「読もうかな」は「読みたい」に、そして「読まねばならぬ」に収束する。ココだ、ソコだとたくさんの場所をひっくり返す。昨日は朝から、ひとくぎりのたびに何度も何度も、同じ作業をする。しつこいのだ。ほかにも本はたくさんある。文庫本も単行本も、読むべき本はたくさんあるのに。何度も読み返した本なのに。しつこいのだ。
オチはない。今日もこの時点で、まだ発見できないのだ。
せめて予報通り雪でもちらつけばよいのに。
わたしに問いかけたマルクス・ガブリエルの言葉にむかついた。ひどくムカついた。
世界ってなに?存在してないの?存在してるの?・・あらためて貴方のいってる世界って何?それらの問いに、わたしは答えを準備していない。準備できない。簡単にこたえられることではない。あたらしい実在論?ポスト・ポストモダンの思想?